2023年07月11日

ピエール・エテックスという名の忘却された作家について

映画史にその名を刻まれた映画作家たちの映画作品は幾度となく再上映の機会が与えられている。再上映/リバイバルでかつては不当に評価された映画が価値を見直され名作の称号を与えられる側面もある。本ブログで以前書いたウィリアム・フリードキン監督『恐怖の報酬』もそうした映画だ。
再映の意味ここで一度確認しておくと公開された映画の期間終了時から時間を置いて再度映画を上映すること。
またリバイバルはかつての作品を復刻するという意味がある。リバイバル上映となると時間を掛けた復刻作業に基づいて行われること。
90年代以降の日本のミニシアター文化でリバイバル上映され再評価された映画は無数に存在する。
それら作品は権利関係がスムーズありで何ら粗雑で煩雑な権利関係ではないことがリバイバル上映にこぎ着けたと言える。
リバイバル上映/再映を通して過去の製作され公開当時も一定に評価がなされた映画作品がある一方で不当な評価を与えられた映画作品にも光を当てる意味も込められている。
ピエール・エテックスの過去作のリバイバル上映/再映は今現在流通している日本国内でのフランス映画史の基礎的前提への修正される事案だろう。今後日本国内で書き記さるフランス映画史の書籍類でピエール・エテックスへの言及を回避することはできない。


DVD化は悠に及ばず、ソフト化されて普及されることにより映画へのアクセスが容易になり作家主義/auteurismeの映画で長らく観る機会がなかった、特に沖縄のような場所ではソフト化されることでようやく観る機会が訪れる映画は無数に存在する。
映画を意識的に観ることは環境や社会状況、インフラ設備などの社会的な枠組みが揃って映画が観える、意識する先に映画館がなければばらないし自宅に映画を視聴する設備を整えなければ映画は観ることはできない。
著作権などの権利関係が複雑極まりないとソフト化も再上映の機会は訪れない。
上映と権利の問題は留保し後半へ本論ピエール・エテックスについて話し(文それはエッセイの如きもの)進める。

私はピエール・エテックスという名の監督を知らずにいた、だがピエール・エテックスは役者として作家主義の映画監督の諸作に出演しており意識しないで彼の演技を観ていたことになる。ピエール・エテックスのフィルモグラフィを調べているうちにあのフランス映画史の作家との師弟関係に行き当たる、監督の名はジャック・タチ。
名作『ぼくの伯父さん』でピエール・エテックスは助監督で様々な雑用係も担わされたらしい。
巷間流布している『ぼくの伯父さん』のビジュアルイメージの大半はピエール・エテックスが手掛けたポスターによるところが大きい。
映画作家ジャック・タチ=『ぼくの伯父さん』という図式は成立しない。残念ながら沖縄でのピエール・エテックスのリバイバル上映然程客の入りは寂しいものだった。ジャック・タチが好きもしくはジャック・タチ映画のポスターを掲示する雰囲気重視の飲食店は那覇市内にもいくつか存在する。
それが客の動員に結びつかずシネフィル文化の非在の場所=沖縄という図式は成り立つ。シネフィル的価値観が必ずしも良いとは些かも思わない、しかし映画を構造的把握する場合にシネフィル的な知識を有するものの解説/コーディネートは必要だ。
那覇で唯一のミニシアターが存在しながらも映画を観る文化の不在。そして映画を語ることの不在/非在。
観ることと語ることの非在/不在は批評の不在にも繋がろう。不在への埋め合わせの為にこのブログは存在している。

ジャック・タチ『ぼくの伯父さん』とピエール・エテックスとの関係を手短に記すならば、実質的師弟関係は僅か4年間だけだった1954年から1958年まで。タチよりも小手先起用なエテックスはその才を映画『ぼくの伯父さん』で最大限に活用。
どのようにして師弟関係が始まったのかと言えばエテックスが『ぼくの伯父さんの休暇』を観て感激しタチの事務所に手紙を投函、これを読んだタチはいたく感銘を受けた。ユロ氏の人物造形もエテックスによるパリの町行く人々の画いたスケッチブックを元に膨らませた。エテックスの絵が巧くなければユロ氏も映画史に刻まれなかったかもしれない、それほど大きくピエール・エテックスは『ぼくの伯父さん』に貢献を果たしということ。
タチだけでは映画『ぼくの伯父さん』は製作できなかった。製作できたとしても別の形の映画になった可能性は高い。
高い貢献を果たしているエテックスの存在はもっと語られて然るべきなのだ。

リバイバル上映/再映されたピエール・エテックスの映画4作品を手短に述べる。
まずは映画『恋する男』は監督デビュー作、それまで短編映画を撮っていたエテックスにとって実質的長編デビュー作である。
バスター・キートン風な立ち振る舞いな監督/主演を兼ねたピエール・エテックスは自身の映画にあって映画に非ずような面持ちで無目的に動き映画内に於いて映画の空間に異様な出で立ちで観客の前を飄々と横切るかのような演技。ゴダールも自作に出演する演技はバスター・キートンを思わせるものがある、もしやピエール・エテックスへのささやかなリスペクトも兼ねているのかもしれない。
アニエス・ヴァルダ監督『5時から7時までのクレオ』でカメオを出演したゴダールはまさしくバスター・キートン的演技を披露、ゴダール映画の根底にはバスター・キートンなのだろうか、『恋する男』のエテックスと似てなくもない。お互いを認識していたのは間違いなさそう。現実ゴダールはエテックスの『YOYO』をカイエ・デュ・シネマ誌での1965年の年間ベスト10に選出している、『YOYO』は前作『恋する男』ほどのヒット作にはならなかったが批評的には成功し喜劇映画史的言及へのアプローチもありエテックス自身が喜劇映画の作家としての自覚を持って撮影に挑んだと伺わせる視点。
サーカス小屋を軸にした映画は後のローリングストーンズのライブドキュメンタリー『ロックンロールサーカス』にも繋がる。
『ロックンロールサーカス』で冒頭パフォーマンスを披露する今やストーンズファンから忘却されつつあるあのジェスロタルだ。

その彼らジェスロタルのボーカル/フルートのイアン・アンダーソンの振舞いがなんとも喜劇だったりする。
『健康でさえあれば』はやはり敬愛するバスター・キートンとジャン・ルノワールへのオマージュを軸にしてオムニバス形式で構成された映画。
エテックスはタチよりもシネフィル的感性が強く出た作家でもある、その証左に『YOYO』はヌーヴェルヴァーグの作家たちに勝るとも劣らない引用の満ちている。ヌーヴェルヴァーグの作家たちは引用を行うことで映画史的な文脈の俎上に自作への導き出し、図らずもかつて不当に評価された映画作品への言及/引用を通して自己を確立させる為に必要な企てだった。エテックスの方法論はヌーヴェルヴァーグの作家たちと随分と異にする、過去作への愛の表明であると同時にシニカルな意志が見え隠れしたヌーヴェルヴァーグの作家たちとは違い、エテックスの場合遊戯的な楽観的なものだ。エテックス自身はその後映画監督から遠ざかり、俳優業の傍らで道化師として晩年まで活動を継続していた。

『大恋愛』は色彩の濃度が濃く、赤の基調とした画面構成美でイラストレーターでもあるエテックスの色彩感覚が本作で全面的に表出されたのではないだろうか。エテックスは残念ながら『大恋愛』以降ドキュメンタリー映画一本を撮り映画監督業は事実上の引退となる。
神経質で引き攣ったような笑いも多分に含まれている、ルイス・ブニュエルの『皆殺しの天使』や『ブルジョワジーの秘かなる愉しみ』での弛緩と緊迫が綯い交ぜになった資本家/ブルジョワジーのグロテスクな醜態を黒い笑いを踏まえて不条理劇として作り上げた、特に後期ブニュエル映画にとって欠かすことのできない存在の脚本家ジャン=クロード・カリエールはジャック・タチの『ぼくの伯父さん』のノベライズ担当、エテックスとはタチとの仕事で知り合い一緒に映画製作を行うことになる、それが『恋する男』となって結実しカリエールとエテックスの映画人生が始まる。
カリエールはその後様々な映画作家の名作の脚本を担いフランス映画界になくてはならない存在に上り詰める。
大島渚のオールフランスロケの『マックス・モン・アムール』でカリエールは脚本を担当、出演者にエテックス。
映画の因果応酬、『マックス・モン・アムール』もカリエールが脚本担当した『ブルジョワジーの秘かなる愉しみ』にも類似性が指摘できうる外観と内容どこまで意識したかは不明。エテックスの出演とカリエール脚本、意気投合した二人が他の映画監督作で久方ぶりの皆合、エテックス効果か定かではないが不条理なモードが徐々に映画全体へ拡張していく、幾分あいまいな境界線。
『マックス・モン・アムール』へ部分的オマージュを捧げたのがレオス・カラックス『ホーリー・モーターズ』だ。
映画全体、ピエール・エテックス映画的要素が観られなくはない気もする。不条理連鎖劇でブニュエル色濃厚だけど。

忘れつつあった映画作家の名作が墓場から生還を果たす、大げさな物言いではない、一歩間違えれば永久にエテックスの映画が観られなくなった可能性があった。
こうしてピエール・エテックスの代表作が観賞できる環境が整った、悲喜劇とシニカルな身体表現を身上とした映画でのエテックスのパフォーマンスは後のMrビーンの登場すらも用意していたかのよう。
今後日本でピエール・エテックスの研究が進むことを願う。

参考文献
ピエール・エテックス レトロスペクティブ・パンフレット

ピエール・エテックスという名の忘却された作家について












Posted by NaohikoIsikawa at 02:09│Comments(0)
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